さくら生の生の声
出水南中 M.Yさん
あたしにとってさくらって言うのは、勉強を教わるのはもちろんだけど、生きる糧をもらう場所でした。

あたしが落ち込んでいたり、元気がなかったり、
そんな時でも、さくらに行けば、必ず笑顔になることが出来た。

あたしの受験は、推薦選抜で、筆記試験はなくって、
面接だけでした。
だから、入試に、八代高専に入るために、
受験本番で直接学力が関係したわけではないけど、
もし、さくらに行っていなかったら、
推薦をもらえることも、合格する事もなかったと思う。

あたしはちょっとした精神的な病気で、
それで、学校休みがちで、そして気持ちが沈みやすくて、落ち込む事が多かった。
だから、学校だけじゃなくて、生きることすらどうでもよく思えていた。

そのころは、塾の先生は、塾の先生だけであって、
勉強を教わるだけの存在。
もともと塾って言うのは嫌いだったし、
自分で何とかできるもん。って、最後まで意地張ってたから。
さくらは楽しかったけど、なかなか心開いて話したりはしなかった。

だけど、塾まで休みがちになってから、
先生達に、「Mはやる気がないヤツ」って思われるのが怖くて、
思い切って、病気であることを言った。
そしたら、なんて言われるか不安で不安で仕方がなかったのに、
軽蔑されるとか、一目置かれるとか、怖かったのに、
先生達はちゃんと話をしてくれて、
話を聞いてくれて、すごく優しくしてくれて、
気遣ってくれた。
だけど、それまでと変わらないで、
他の生徒と同じように接してくれた。

そのことが本当に嬉しくて、
あたしは先生たちが大好きになって、

さくらが、大好きになった。

先生と、さくらと、
出逢うことが出来たから、
あたしは生きていく元気を、勇気を、希望をもらえたし、
だからこそ、頑張って学校に行けるようになって、
推薦をもらう事ができたし、推薦選抜で、合格することが出来た。

さくらと出会う前は、どうにもならない、
ただの病気の女の子だったけど、
さくらと出会ってからは、病気である事を、
自分の強さと思えるようになったし、
隠さなくていい、恥ずかしい事でもないってことに、気付けた。

勉強は、生きていくうえで、すごく大事だし、
今の世の中じゃ、学力が全てだから。
とりあえず、勉強さえ出来れば、世の中どうにでも生きていけるって感じ。
だけどあたしは、
さくらに行く事で、誰も学べなかったものをたくさん学べて、
そして、
強い人間になれた。
もちろん、そんなさくらで勉強できたから、嫌でも成績はグーンと上がったし、
また、そんなさくらで過ごせたから、こんなにも思い出いっぱいなんだ。
さくらは、勉強も、生きる糧も学ぶ事ができる。

今まで四つの塾を転々として、そのたびおもしろくなくて、
塾にいいトコなんてあるわけないって、
まじで思ってたけど、
さくらは違う。
キライなんてもんじゃない。
大好き!
さくらで、あたしのさくらは咲きました!
出水中 T.Mさん
「私は 好きです」この塾が、ここの先生が、ここの生徒が、ここの雰囲気が・・・・・・。

今、受験を目の前に控えて、ここにいる自分は、とても複雑な思いです。もう後少しでこの塾も卒業・・・・・・。

思えば、私が初めてこのイスに座り、このホワイトボートを見たのは四年前の春のことです。この四年間に、私はたくさんの涙、笑顔、悲しみ、悔しさなど色んなことを味わい、成長し、私のポケットは、たくさんの思い出と知識でいっぱいになりました。

いよいよ三日後、私はこのポケットを握りしめながら、済々黌へ向かいます。その時、きっとそのポケットはそっと開き、私に何かを与えてくれることを信じています。

大好きな先生達はこの塾で待っていてください。私は笑顔でこの塾に戻ってきます。
出水中 M.Aさん
さくらに入らなかったら、私は全部口だけで終わっていたと思います。

テストがある度に、親には「前回より上げてくる」と言ってはみても、勉強する時間も、勉強に対する姿勢も成績も何も変わりませんでした。

塾に行くことを考えても、「きつい」とか、「部活で忙しい」とか、何かと理由をつけて、勉強から逃げてばかりでした。でも、そんなワガママも言っていられないほど成績は落ち、本気で塾に入ることを考えました。

そうは言っても、どの塾がいいかなんてわかりません。だからとりあえず、友達も通っている塾に行こうと思いました。それがさくらでした。体験授業を受けて、これが塾なのかと正直驚きました。

私はそれまで、塾というのは、堅苦しくて厳しくて、面倒なものだとばかり思っていました。でもさくらは違いました。面白くて楽しくて、たくさんの笑いがありました。だから私は何の迷いもなく入塾を決めました。

入塾してあらためてさくらのすごさを感じました。塾ではすごく楽しんでいるのに、成績を上げることができました。それに、先生方はすごく温かくて、本気で私たちのことを考えてくれて、応援してくれました。馬鹿な私でも見放したり、改めたりせず、いろんな事を教えてくれました。

さくらの先生達と出会えていなかったら、小学校の頃からずっと言い続けていた、「済々黌に行く!」という目標も諦めて、また口先だけになっていたと思います。さくら生になれて本当によかったです。たくさん迷惑かけたけど、絶対済々黌に合格して恩返しします。

今まで本当にありがとうございました。
出水南中 H.Aさん
 急に「さくらゼミナールについて」書こうとしても、何を書いていいのかわかりません。今はただ感謝の思いで一杯です。

 小六の春に私は初めて登塾しました。あの自動ドアの向こうには何があるのか、期待と不安で一杯でした。最初の一日は何だかあっという間に過ぎ、今では緊張していたことしか覚えていません。

 あの日、私がこの自動ドアを開けなければ、今の自分はいません。私の気が緩んだ時、引き締めてくれた先生、私の成長を温かく見守ってくれる先生、励ましてくれる先生がいたからこそ、今の「自分」が出来上がったと思います。ちょっと恐めの先生、時々寝不足そうな先生など変な先生たちばかりだったけど、一人一人が私にとって大切なひとでした。もう先生方の授業は受けられないけど、目をつぶればいつだって先生方の笑顔が出てきそうです。

今のこの思いを上手く言葉に表せないことに腹が立ちます。とにかく、私の頭、心、体すべてから先生方への感謝が溢れ出てきそうです。

人生からすると三年という月日は本当に短いけど、すごく思い出の詰まった温かい日々で、忘れることができません。今この自動ドアから世界へ羽ばたくことになり、悲しく寂しいです。でも、次の新たな出会いを考えるとワクワクします。三年間、この塾に通えて幸せでした。これからも中学生に幸せを与え続けて下さい。本当にありがとうございました。
出水中 A.Mさん
 あの日、田尻先生は言った。

「大丈夫て。俺たちがサポートしてやっけん。」

 私は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げることができなかった。でも、先生全員が私を黙って見つめてくれているのは分かった。

 「…うん。」

聞こえたか分からないくらいの声で返事した。田尻先生がティッシュを取って渡してくれた。きっとそのときの私の顔は鼻水と涙まみれで醜かったと思う。でも、心の中は洗われてきれいになっていた。

 そのティッシュで涙をふき、鼻をかんで塾のドアを開けた。「ありがとうございました」とは言えなかったが、深く頭を下げて出て行った。

 その夜、田尻先生がくれたメールでまた泣かされた。

 「努力した時間や今日流した涙はお前を裏切らないから。頑張ろうね!」

 受験というバスケットゴール。そしてさらに前期合格という目標を立てて、自らゴールの位置をものすごく高くしておいて不安になってしまった私を、さくらの先生たちは静かに受けとめてくれて応援してくれた。

 県模試の成績が下がったとき、頑張ったつもりで自惚れていたとき、不安なとき、先生たちに相談すれば必ず答えが返ってきた。私の後ろにはいつも先生がいてくれるようだった。

 しかし、結果はついてこなかった(前期不合格)。塾に飛びこんで、先生たちに抱きつく夢は叶えられなかった。

 電話口で先生は、「今日で気持ちを切り換えてこい。」と言った。

 塾を休みますと浩平先生に連絡したら、「落ちこんでない?大丈夫?早めに切り換えて、後期に向けてまた頑張ろうね」というメールが来た。「そりゃ落ちこんだよっ」と思った。読んでいてまた涙が出てきた。でも、それはそれまで流していた涙と違う成分の涙だった。

 そして私は本当に一日で気持ちを切り換えられた。先生たちにも、不合格だったことを普通に話せた。そして先生たちも普通に私と話し、普通に質問に答えてくれる。何も変わらない。さくらゼミナールは何も変わらない塾だった。あの夢を達成するまでの期間がちょっと長くなるだけだった。

 3月14日(後期合格発表の日)、塾に飛びこんで先生に抱きつくこと。
出水中 M.Kさん
 「塾どこ?」「さくらだよ。体験来るたい!」中二の春、Mさんの紹介でこの塾に体験に来た。塾の中に入った途端びっくりした。出水中の制服を着た人がいっぱいで、先生達と話したり、質問したりしていた。すぐに熊谷(姉)先生が紙を差し出してきた。「これ書いてね。」初めて見た熊谷先生はちょっと怖いイメージもあった。初日は数学で、授業が終わった後も間違い直しでなかなか帰れなかった。周りの皆はどんどん先生に質問していたから、私もしてみようと思って「先生、ここわからないんですけど……。」と、この時はまだ敬語で声をかけた。「おっ!いいねー。」ふり返ったのは吉田先生だった。(あれ?質問してよかったの?)吉田先生が予想外の反応をしたので一瞬戸惑った。でも吉田先生は一つ一つ丁寧に教えてくれて、数学の間違い直しは全部片付いた。家に帰る途中一人でニコニコしていたのを覚えている。(この塾に決めた!)自分の中で「さくら」はピーンとくるものがあった。その日のうちに塾は「さくら」に入ると決めた。

 「こんにちはー。」入塾してから一年が経った。今まで塾に行く日は憂鬱だったのが嘘みたいに、毎回早く塾に行きたくてしょうがなかった。今年は私もついに中学三年生。華の受験生だ。今年一発目の県模試はなんと塾一位!嘘みたいで、でもすごく嬉しくて、ニヤケた顔はしばらくどうしようもならなかった。

 中学三年生になってから何回目かの県模試から数週間後、家には不幸の手紙ならぬ不幸の成績通知が届いた。中身を見て、思わず笑ってしまった。私の志望校、済々黌の判定がEだった。その日は授業があったから、心がどこかモヤモヤするまま塾へ行った。遅刻した分、授業が終わった後も授業をしてもらった。教科は国語。先生は某塾を辞めてさくらに来たという木村先生だった。授業が終わって話題は県模試になる。「E判定だったし!やばっ。まじどうすればいいんだろ。」笑いながら言うと、笑ってるはずなのに心のモヤモヤが涙になってあふれてきた。どうして涙が出てくるかわからないけど止まらない。悲しくて、悔しくて。木村先生は「こんなんしょうがないやんか。Kは今までこの範囲の勉強だけを一生懸命してきたんじゃないでしょ。これからが本番て。夏休みでいちから一・ニ年の範囲をやるんだけん、泣くことないて。ね?これから頑張ればいい。」先生の言葉は涙の勢いに拍車をかけた。一階に降りてきて、中に入ると柴田先生と目があった。先生は私のぐちゃぐちゃになった顔を見て、何も言わずにただニコッとした。私もニコッと笑顔をつくって外に出た。外に出たら、今我慢した分の涙がまたあふれてきて、外なのに声を出して泣いた。「K!」すると後ろで声がして、見ると横には柴田先生がいた。「大丈夫。今の悔しさは絶対これからに生きてくるけん。この悔しさ忘れんなよ。」先生はそう言ってまた塾に戻っていった。またまた先生の言葉も涙の勢いに拍車をかけて、声をあげて泣きながら帰った。

 夏。受験生にとって最初で最大の夏休みがやってきた。あの時の悔しさが残って、勉強に対する気持ちが今までの何倍も大きくなっていた。毎朝7時過ぎには塾に来て、夜は1時2時まで勉強を続けた。皆はもっとしてるんじゃないか、とか、絶対負けたくない、とかどんどん気持ちが私をおして、今までの私には考えられないほど勉強できるようになっていた。

 そんな日々が続いて夏休みもあっという間にすぎ、夏休みの最後にあった県模試が帰ってきた。結果は済々黌A判定。夏休みの効果が出て、それが自信になった。

 それからの日々は毎日勉強しているにもかかわらず、努力と反比例して成績が落ちていき、つらかった。つらいのに、夏休みの頃の気持ちに戻ることが出来なくて、先生に励ましてもらって、自己嫌悪に陥って…。の繰り返しだった。テストの度に「次こそ!」と言ってまた次のテストで泣く。そんな自分に嫌気がさしていた。そんな時、事件は起こった。田尻先生を本気で怒らせてしまった事件だ。何であんな態度をとったのか全くわからない。きっと自分の中の気持ちのズレがだんだん生活にも出てきて、行動にうつっていたんだと思う。「口のきき方に気をつけろ!!」気付いた時には怒られた後だった。怒られた瞬間我に戻った。が、今更素直に「ごめんなさい。」なんて言えなかった私はに出た。(あぁー…どうしよう。何してんの私!?)何度もためらって、ついに勇気を出した。「さっきはすいませんでした。」田尻先生の机の横に立って言った。田尻先生は「こちらこそすいませんでした。」と言った。謝られると何だか気が抜けて涙が出てきた。無事、事件は解決。「親しき仲にも礼儀あり」を体で学んだ。私にとって今思えばすごくいい機会だったと思う。

 それから時は流れて今。受験を三日後に控えている。最近すごく不安で、ここには書いちゃいけないようなことが頭の中をグルグルまわる。でも、一昨日浩平先生が私のノートを見て、「感動したぁー。賢くなってる。英語は受かるよ。」と言って、その時は「まじで?やったー。」と軽く言ったけど、帰りは泣きそうになった。認められた気がして嬉しくて。昨日思ったのは、今までいっぱいの人にいっぱい助けてもらったってこと。今まで自分だけの力でここまできたわけじゃない。こんなに協力してもらってきたのに不安だなんて失礼だ!と思った。今まで二年間授業の度になまら(めっちゃ)笑わせてくれてノートの字で最後までお母さんと戦ってた田尻先生。「いいっすよー」とか「なんだと?!」の「さくら流行語大賞」の吉田先生。自称永遠の15歳で、イスでよく遊んでいたトムソーヤ柴田先生。「いいですかー。」が口グセで自称なまらモテモテだった浩平先生。なんか大阪弁みたいで、イントネーションのおかしな木村先生。ちょっとおどおどしてて、解説には「さくらイチ」熱の入ってる康一先生。本当に本当に書ききれないくらいありがとうございました。最後は済々黌に絶対合格して恩返しします!

 未来の済々黌生MKより愛を込めて…。
出水南中 E.T君
「学校でやってもできないのに塾でやっても同じだろ。」

僕の学校の先生は、頭ごなしに言ってくる。そんな先生に僕は、

「学校の教え方が悪いからだ。」

と言ってやりたい。

 僕は塾に入っている。塾に入った理由はたくさんあるが一番の理由は勉強と向き合うためだ。塾に入って勉強と向き合って自分が変わったと感じる部分は、勉強に対するやる気だ。このやる気は、生まれて15年間で初めて感じた。

 だから、学校の先生の言うように、

「塾でやっても同じ。」

ということはないはずだ。

 塾はやる気を見つける場所である。
出水南中 T.J君
「あなたにとってこのさくらゼミナールとは何ですか?」

そう聞かれたら僕は、ちょっと迷ってしまう。塾だけど、塾ではない。行きたくないけど、行きたい。僕にとって、さくらゼミナールはこのような存在だ。

「うわー、今日も塾だ。だりぃ。」

でも、行ってみると、楽しい。おもしろい。来てよかったと思う。
なんだろうここは。決して楽ではない。でも、苦でもない。だからこそ思う。
さくらゼミナールに来てよかったって。
出水中 I.Sさん
 私は「塾は勉強をさせられるところ」だと思っていた。周りの塾に通う友達から「宿題が多すぎて終わらない」「夜に行くのは眠いし、きつい」といつも愚痴を聞かされていたからだ。当時、塾に通っていなかった私にとって塾はとにかく「面倒臭いところ」でしかなかったのである。

 しかし、受験が迫ってきた二年の秋、ついに私も塾に行かなくてはならなくなってしまった。私は、困り果てた。塾には行きたくない、かと言って「じゃ自分一人で勉強できるのか」と聞かれても首を縦に振ることは出来ない。私はしぶしぶ塾に行くことを了承し「遠いと面倒臭いから近くのさくらゼミナールでいいよ」とさっさと決めてしまった。出水中生が多いし、近場だし面倒臭がり屋の私には丁度良かったのである。そして、「無料体験も面倒臭いからそのまま入塾するよ」と、いきなり入塾してしまった。こんな無気力な私を見て、親も特に心配する様子は無く、かくして私のさくらゼミナール生活は始まったのである。

 通塾初日、私はドキドキしながら自動ドアのボタンを押した。ドアが開いた瞬間ドアの隙間から光が漏れて、その光はやがて私の視界いっぱいに広がった。そこには見たことのある顔、初めて見る顔、いろんな人がいた。「こんにちはー」と先生達に挨拶を済ませ、教室に入り、指定の席に座る。どうも落ち着かないので足をブラブラさせてみたり、辺りをキョロキョロと見まわしたりしているうちに、授業が始まった。しかし、授業は「面倒臭いもの」でも「きついもの」でもなく、「楽しいもの」だったのである。教室内は明るい雰囲気に包まれ、かと言って楽しいだけではなく、やるときはやる。このメリハリが、私にはとても心地よかった。

すがすがしい気持ちで帰宅し、初日の感想を親に話すと、「そう。楽しいところでよかったね。これなら続けられそうじゃない。」と嬉しそうにしていた。私はこれからの塾生活に希望を抱くようになった。今まで「面倒臭い」と言っていた私とは大違いだ。そしてその日、私は次の授業を思いうかべ、わくわくした気持ちのまま眠りについた。

 そして今、私は受験を間近に迎えている。勉強がつらかったり面倒臭かったり、いろいろあったけれど、ここまで乗り越えて頑張ってこられたのはクラスのみんなや先生たちのおかげだ。そして、塾は「面倒臭いもの」「勉強をさせられるところ」ではなく、「楽しいもの」「自ら進んで勉強できるようになるところ」だと気付かせてくれたさくらゼミナールに、今、感謝したい。
出水南中 J.Aさん
私が始めて通った塾はA塾でした。小学五年生から、毎回講習だけ通っていて「勉強するんだ!」と、春休みや夏休みが来るたびに通う前だけはハイテンションでした。でもそこで講習が始まると、習っていない所や知らないところまで宿題として出され、授業も先生が何を言っているのかが全くわかりませんでした。そんなことの連続で、旅行で休める日があるとうれしくてたまりませんでした。

 「もっと勉強したい。」

 この気持ちだけはあったのに、いつの間にか「この塾にだけは入塾したくないな。」と思うようになっていて、一回だけB塾の冬期講習へ行きました。しかし、そこは「やり直しの徹底」がない塾だったので、「ここじゃ絶対のびない。」と思って二度と行かないことにしました。

 「やっぱり自分が頑張るしかないか。」

 そう思って、中学三年生になったらA塾に入塾するつもりで何度もA塾に通いました。中学三年生になった時、やっぱり春期講習はA塾でした。しかし、入塾したいという気持ちは全くありません。ただ時間だけが過ぎていきました。

 さて、もうすぐ夏休み。今年の夏は講習を受けずに自分で勉強を……この私にそんな自主的なことをするなど、自信はゼロでした。

 そんな時、ふと耳に飛び込んできた名前が、この「さくらゼミナール」でした。

 「そこって楽しいの?」と聞くと、「うん。けっこう楽しいよ。」「どんな塾なの?」と聞くと、「A塾とあんまりかわらないよ。まちがい直しの仕方がほとんどいっしょで、前、A塾だった先生がやってるんだよ。」という答えが返ってきました。

 「あ、そうなんだ。」

 私はこの時「A塾とかわらない。」という言葉があったもののまったく抵抗はなく、講習を受けることにしました。

 まず最初に驚いたのが、先生と生徒の口調が「ほぼため口」だったことでした。でもいつの間にか、そんな雰囲気に慣れていき、勉強の方はその時はあまり気合いが入らなかったものの、はじめて「塾ってこんなに楽しく勉強できるんだ。」と知りました。

 それから、次に驚いたことは、本館(先生たちの机があるところ)に教室が二つしかなかったことでした。初めは、「ここまで小さい塾があるか。」と思った後、ほかにもまだあると知ったけれど、どこにも見あたらず奥にあるのかと裏に行くと、小さな空間があるだけで、外に出てから別の教室があることを知ったときは、本当にびっくりさせられました。

 こんな感じで来たときから「さくらゼミ」は新鮮で、前の塾のように堅苦しい中で緊張することがありませんでした。

 夏休みが終わって、私は進路のことを考え始めました。実際、高校のことなど何一つ知らなかったのに、ただ単に、このぐらいかなと済々黌だとか熊高を志望校にしていて、県模試でB判定ぐらいとれていたことで志望校を決めていました。

 でも今は、本気で済々黌に行きたい、合格したいと思っています。

 さくらゼミナールで学んだことがいっぱいあって、私は、精神的にも大きく成長しました。もうすぐ卒業するけれど、塾へはまだまだ行きたいです。

 短い間でしたが本当にお世話になりました。
出水南中 K.Aさん
 入塾してから約一年。長いようであっという間でした。そんな中でさくらゼミナールはいいなあと思ったことがたくさんあります。

 一つ目は授業が明るくて楽しい、そしてわかりやすいところです。例えば、授業中に笑わなかったことは一度もなく、そして楽しく教えてもらえるので頭にスーッと入っていきます。また、学校で習ってわからなかったことも塾で教えていただき、何度も納得させられました。二つ目は先生方が優しくて面白いことです。テストで自信がなかった時も「大丈夫よ」と言われると、とても心強かったです。また、人見知りの私にたくさん声をかけてもらい、大変うれしかったです。そして、何でも丁寧に教えて下さったので、よく理解できたし、先生は塾生の事をよく考えているのだなぁと思いました。このように先生がみんな良い人だから塾の雰囲気が優しく、大家族のようなのだと思います。勉強のことだけではなく、人として大切なこともたくさん教えてもらいました。

 三つ目は塾全体が生き生きしているところです。みんなが楽しく塾に来ているのでとても明るく、さくらみたいに良い塾はないだろうと私は思います。

 さくらゼミナールには本当にもっとよいところがたくさんあるのですが、私の力では思うように表現できません。さくらに来させてくれた両親、先生方、塾生のみんなに感謝の気持ちで一杯です。あと少しで終わってしまうのは寂しいですが、ここで教わった事を胸に刻んで生きていきます。今まで本当にありがとうございました。これからも頑張ってください。
出水中 T.K君
「いやだよー」「いーから行きなさい」「絶対いやだ!」

ぼくは塾という名の牢獄へ行くことを本当に嫌がった。が、しかし、母親の手によって僕は牢獄送りにされてしまうのだった。

ぼくは、家の近くの、えーと何か花の名前のついたようなそんな感じの塾に決められた。塾の前に貼ってある「わかるまで、できるまで徹底指導!」という文字にビビっていたが、いやいや塾の門をくぐることに成功した。

「何だここは!」

僕は最初にこう思った。一度外に出て看板を確認する。間違っていない。入る場所を間違ったと思った。なぜならすごく楽しい雰囲気で、みんな笑っていたからだ。ぼくは安心した。

そんなこともあって、小学五年から僕はここにいる。最初塾とは牢獄と思っていたが、今ではパラダイス化した。毎日塾に行くのが楽しくなった、本当に。そして今、中学を卒業することになり、同時にこの塾からも卒業だ。よって先生方にお礼を言わせてもらうことにしよう!

ここからマジです・・・・・・。

まず、田尻先生。小学校から中学校まで、厳しくされたこともあったけど、やっぱり一番好きな先生でした。ありがとうございました。

吉田先生。ジュース問題とか、思い出せばいくつもの思い出があります。数学以外にも、たくさんの事を教えていただきました。ありがとうございました。

柴田先生。ぼくはいつも先生のことを尊敬のまなざしで見てきました。先生には入試だけでなく、人生のことについて教えてもらうことが山ほどありました。他にも些細なことで笑いあったりして楽しかったです。

木村先生。いつもはこんなこと言いませんが、本当は一番尊敬しています。先生の話を聞いていると憧れてしまいます。もっと話を聞きたかったです。ありがとうございました。

熊谷先生。先生とはどうも気が合うというか、友達みたいな感覚で、何でも話せました。英語が苦手な僕に熱心にいちから教えて下さいました。ありがとうございました。

先生達みんな、本当にありがとうございました。書きたいことが多すぎて、紙に書ききれません!これ以上書くと、手が痙攣しそうです。卒業してもずっと僕のことを見ていてください。

きっと大きくなって帰ってくるから・・・恥ずかしながら終わります。
出水南中 Y.Mさん
 私は、小学生のときから、算数が苦手でした。小一の頃は、サイコロの数が分からずに、すごろくではいつも一位。小二まで、時計の針も読めず、百円のアイスを十円で買おうとしたこともありました。中学生になっても、数学オンチは止まらず、ますますひどくなっていき、恥ずかしくて学校の先生には聞けず、親にもあきらめられてしまいました。

 そして中一の冬、さくらゼミナールに体験授業に来ました。先生たちがとてもおもしろく、一発で入塾を決めました。私の数学オンチにも、粘り強く戦ってくれる先生がいて、少しずつですが、あんなにひどかった数学が良くなってきました。実は私も、もうダメだと思っていたので、びっくりしました。

 成績が上がると、一緒に喜んでくれて、下がると、勉強の仕方を考えてくれました。

 もうすぐの公立の後期選抜です。

 第一志望校に合格できるように、頑張ってきます!
出水南中 E.Mさん
 私は今、三日後に迫った入試を目前にたくさんの人に感謝の気持ちでいっぱいです。

 一年前、私は塾に頼らなくても自分で最後までやり通せると思っていました。しかし実際に三年になってみると志望校合格への壁はそう簡単には越えることができないと痛感しました。

 もし今、私が塾に通わず、自分の力だけで勉強していたら不安でいっぱいで、分からないところはそのままになっていたと思います。

 さくらでしか味わえないこと、さくらだったからこそ味わえたこと、とても短かったさくらでの出来事は私の中学校三年間の中で深く心の中に刻まれています。

 特に数学では、たくさんの先生をまきこんで一時間も二時間も、勉強したこともありました。

 田尻先生、先生の授業のおかげで前より理科が楽しく、わかるようになりました。グループ対抗での授業などとても楽しかったです。

 吉田先生、数学で全くわからなかった私にいつもやさしく教えてくださってありがとうございました。先生のおかげで入試に以前より自信を持って臨めそうです。

 柴田先生、いつも細かく図や表の見方とかプラスαまで教えてくださりありがとうございました。

 熊谷先生、点数が伸び悩んだとき、いつも励ましてくださりありがとうございました。入試も自信を持って頑張りたいです。

 木村先生、先生には三年後半から塾がある日は毎日会っていた様な気がします。とてもきびしい言葉だったけど、いつも気合いが入っていました。

 康一先生、少ししか習っていませんが三平方を使う立体など、先生のおかげでできるようになりました。

 大野先生、あまり習ったことがないけど、とてもわかりやすい授業でした。髪型はずっとそのままにしておいてください。

 受験まであと三日、泣いても笑っても、もう終わりです。中学校最後の年、人生の中での最初の試練にあたる年をさくらと一緒に過ごすことができてとてもよかったです。

 さくらの先生方、今まで本当にありがとうございました。最後の三日間はこれまでやってきた以上に悔いが残らないように努力したいです。

私は未来にはばたきます!
出水中 S.S君
 さくらゼミナールというと、今の僕の生活の中心だと思う。なぜなら、週に五日ほどこのさくらゼミナールに来て勉強しているからだ。また、塾の常識を打ち破っている塾だとも思う。

 例えば、先生と塾生の距離がものすごく近い。これは、先生に対して質問や話がしやすいことからわかる。一般的に先生は、山の頂上の様なところにいて、生徒を見ているが、さくらの先生は生徒と同じ視点である。また、授業も楽しいし、先生のする雑談のようなものもおもしろい。だからといって、どんな時も優しいわけではなく、厳しくするべきところは厳しくするなど、メリハリもしっかりとある。

 僕は、中学一年の夏期講習に初めて来た。その頃は、学年で真ん中くらいのフツーの生徒だった。しかし、さくらで一ヶ月半学んで三十番まで上がった。その後も冬期・春期と来て、成績が伸びたので、中学二年の夏に正式に入塾した。入塾後は、同じくらいの成績をキープしていった。三年になって春期の県模試では、総合で名前が載った。しかし、その後は英語がだめになってしまった。夏休みで少し上がったが、二学期は中だるみをしてしまい、先生からいろいろ言われた。三者面談後の県模試や一・二月の県模試では、少しずつ成績が上がっていった。苦手だった英語も、夏の前から比べて20点上がった。本当にさくらゼミナールに対しては、感謝の気持ちでいっぱいどころか、感謝の気持ちがあふれてしまうくらいになっている。

 勉強だけでなく、友人関係でもさくらのお陰で交流の輪が広がった。転校して、知り合いゼロからのスタートだったが、さくらで多くのすばらしい人々と知り合いになれたことにより、うまくやっている。また、その知り合った人達のお陰で自分に不足するものも知ってその人達の勉強への取り組み方から学んだこともたくさんあった。先生からは、「集中しろ!」とか「勉強しろ!」とか「落ち込むな!」などのたくさんのことを言われ、気付き、改める面を教えて頂いた。そんな色々と深い思いのつまったさくらゼミナールとも残り三日程でお別れである。

 今、少し考えただけでも悲しく、心の中にポッカリと穴ができるような感じだ。そして、受験も近づいてきた。僕は志望校である第二高校に合格することが、この地球の内部よりもずっと深く、百万光年彼方よりも高い恩を感じている、さくらゼミナールの先生に対しての一番素晴らしい恩返しであると思うし、このさくらゼミナールに通わせてくれた親に対しても恩返しだと思う。だから僕は、絶対に合格しなければならない。感謝の気持ちを背負って!

 長い間だったのかもしれないし、本当に人生の中では短い間だったのかもしれないけど、本当にありがとうございました。さくらゼミナールでの出来事すべては、一生忘れないでしょう。

 何度も繰り返しますが、本当に、本当にありがとうございました。
出水中 O.K君
僕が勉強に対する姿勢を変えたのも、あらゆるものへの意欲を持ったのも、分かり合える友達がたくさんできたのも、すべてさくらゼミナールの「仕業」です。

「自由だな」というのが第一印象でした。学習塾という堅い響きとは裏腹に、先生方も教室の空気も、楽な気分を与えてくれます。

しかし、塾での日々を削っていくうちに、自由で楽しい事だけではない事に気付きました。宿題の量、テキストの厚み、また目を光らせた先生達の監視下から抜け出すのも厳しい試練でした。(笑)

さくらゼミナールにはいろんな先生がいます。授業中に思い出話を語りだす先生もいれば、得意気に手品をして失敗する先生もいます。ギターの練習をしているロックな先生が化学変化について教えたり、好きな娘の為にテストで県内一位をとったロマンチックな先生が労働三法や憲法改正の流れについて説明しているのです。

僕たちはそれぞれのさくらを咲かせるため、入室と退室、「こんにちは」「さようなら」を繰り返してきました。夏の暑さは半端じゃないこの空間があったから強くもなれました。

愛しいさくらゼミナールとも、もうすぐお別れです。桜を咲かせてしまった以上、蕾の部屋から退室しなければなりません。時には眠かったり、怒られたり、悩んだりもした約三年間。セブンイレブンから徒歩一分、飛び立つために長い滑走路でした。

今まで走らせてくれたおかしな先生方、本当にありがとうございました。ちょっと行ってきます。
出水南中 U.K君
 時間が経つのは早いもので、もうすぐ現在の三年生は高校へ進学します。小学校と変わりない位に幼かったけども、子供ゆえに汚れていない心を持っていた中一。何に対しても全くやる気がでなかった中二。そして、周りに対して反抗したがるばかりの中三。今思えば、三週間ぐらいの出来事のように思えます。そんな学校生活の中で、勉強なんて生活を十割にした中の一毛(10000分の1)にも達しないほどしかないので、中一の時から成績は下がる一方でした。

 さすがに勉強なんて「ぶたの尻の毛を煎じて飲むより嫌だ。」と思っていたけど、落ち込んでいく成績から「底」が見えてきて、危機を感じて、このさくらゼミナールに入ろうと決めました。

 「さくら」に入っても、自分で勉強はしていないけども、「底」まで落ちていた成績が少し上がって「さくら」のCクラスからAクラスまで上がることができました。もし「さくら」に入っていなかったら、今の自分はどうなっていたのか想像できません。ただ、やっぱりどうしても勉強は自分の「憂鬱の極み」とも言えるもので、「さくら」に入ってからは体調不良が続きました。多分、生まれてから15年経って感じた憂鬱と倦怠感の九割は「さくら」に入ってからの勉強で感じたものだと思います。だからこそ、その分に授業が終わった時の不思議な喜々とした気分は大きかったと思います。

 他の生徒と比べれば、ピロリ菌並みに小さいものだとは思うけれども。小学校の頃に忘れてしまった勉強後の不思議な「気持ちの良さ」を教えてくれたのも「さくら」だと思います。でも、やはり勉強は嫌なものにはかわりませんが・・・。
出水中 F.Sさん
 私は中学校入学と同時にさくらゼミナールに入塾してきた。私は転入してきたので、周りは知らない人ばっかりだったし、今まで塾というところに行ったことがなかったので、入塾初日はとても緊張していた。しかし、入ってみると生徒のみんなはとても元気で明るく、先生方は個性的でおもしろい人たちばかりだった。

 授業はもちろん分かりやすく、笑いも入りながら進んでいったので、とても楽しかった。私は今まで勉強というものはどうも好きになれなかった。しかし、さくらゼミナールに入塾してからは、勉強に対しての抵抗が小さくなり、勉強することがそこまで嫌ではなくなった。そうなったのは、さくらゼミナールで楽しく勉強するということを学んだからだと思う。

 さくらゼミナールで学んだことは、勉強だけではない。分からない問題を友だちと協力して考えるということ、年上の人とコミュニケーションをとること、勉強の大切さ、受験生の厳しさ、色々なことを学んだ。学校や家では学べないことを、たくさん学ぶことができたと思う。

 私は塾選びのときに、このさくらゼミナールを選んで、本当に良かった。私は他の塾に行ったことがないので分からないが、さくらゼミナールのような塾は、他にはないと思う。たった三年間という短い間だったけれど、本当に楽しかった。先生方、三年間ありがとうございました。
出水中 M.Y君
 さくらゼミナールは本当に良い塾でした。僕は出水中のソフトテニス部の部長をしていて、部活と勉強を両立させることはとても大変なことでした。部活ばかりやり過ぎて、学校の授業についていけないこともありました。でもそんな時、力になってくれたのがさくらゼミナールでした。

 夜遅くまでの居残りでちょっとした授業をしてくれたり、質問に熱心に答えてくれたりしまました。そのおかげで、学校では常に上位の成績を修めることができました。また、僕は家庭の事情で熊本から出て行くことになり、県外受験することになりました。僕がどんな勉強をすればいいのか分からずに、戸惑っていた時に、力になってくれたのもさくらゼミナールでした。そのおかげで、志望校に合格することができました。これもさくらゼミナールのおかげだと思っています。
出水中 S.Mさん
 私が塾に入ったのは、2006年の7月20日でした。夏期講習に行くことにしました。今までの私は、学校で授業中に紙飛行機を作って飛ばしたり、お絵かきしたり、マンガを読んだりして、ろくに話も聞いていませんでした(そして、毎日放課後怒られる)。さらに、定期テスト前も、30分以上勉強したことはありませんでした。でも、学年で上の方にいたので、「自分天才!」とうすうす感じてきていました(なんちゃって)。そうこうするうちに、いつの間にか夏休み近くになり、今年も遊びまくろうと思っていたら、担任の先生に呼び出され、「Sちょっとは勉強しろ。親に話しとく。」と言われ、この世の終わりを悟りました。そうして塾に入りました。

 最初はちょっと静かにしとこうと思い、授業を受けたら、本気で死ぬ三秒前くらい(な感じ)になりました。今までまともに授業を受けたことがなかった私は、だるくて、「ちくしょー」という感じでした。しかし!だんだん慣れてきて、ちょっといい子になりました。先生達がおもしろくてウケました。(特に・・・・・・笑)

 そして気付けばもう三月になっていました。怒られっぱなしで内申が悪い私はテストで点を取らなきゃいけないのに、今まで勉強する習慣がなかったので、あんまり勉強できませんでした。でも、本番は頑張ろっかなって思います。

 わたしの人生を変えてくれたさくらゼミナールは永遠に不滅です。お菓子おいしかったです。また食べにきます。フォーエバーさくらゼミ。フォーエバー木村先生(笑)。これからも塾生を増やして、セブンイレブンの売り上げを増やしてください。

さくらゼミナールはとても楽しい日本一の塾です。お金で買えない物がある。買えるものはマスターカードで。センキュー!さくゼミ。
出水南中 Y.Mさん
 私は中学三年の夏期講習からこのさくらゼミナールに入りました。さくらゼミナールに入る事が決まった時は「厳しい塾なのかなぁ」とか、「友達できるかなぁ」と、とても心配でした。でも、入ってみると優しい友達やとてもおもしろい先生方ばかりで、すぐに安心しました。

 だんだん受験が近付くにつれ、まわりの友達は勉強の量も増え、成績もどんどん上がっていきました。私がそのことに気付いたのはクラス替えの時でした。とても焦った私はそれから少し緊張するようになりました。社会の授業の度に、柴田先生の厳しい言葉や話が刺激になり、「頑張ろう!」という気持ちになりました。

 また、私は数学が大の苦手でした。吉田先生が何度教えてくれても私がわからない時、忙しくても先生が私がわかるまでずっと教えてくださったおかげで、少しずつ分かるようになってきました。感謝してます。

 今日で入試まで残り三日となりました。あと三日間少しでも「合格」に近付けるように精一杯頑張ろうと思います。そして、第一高校の制服を着て、笑顔で塾に遊びに来たいです。

 「さくらゼミナール」・・・田尻先生はただなんとなくお店の名前から「さくら」と決めたって言ってたけど、受験生の私はすごくいい名前だと思います。今までありがとうございました。さくら最高!!
出水南中 Y.Aさん
 私は、一年生の時にさくらゼミナールに入塾しました。中学に入学する前、春休みは、違う塾の春期講習に行っていました。けれど、その塾は自分に合っていないということで塾を変えることにしました。正直言うと、さくらを選んだ理由はなんとなくというだけだったけれど、実際に授業を受けてみて、その考えはなくなりました。私は塾というと厳しいだけで、つらいものだというふうに思っていましたが、さくらはそうではありませんでした。授業には笑いもあって、変に緊張することがなかったのです。それから、先生方が楽しい人たちだというのも、私が塾を苦に思わなかった理由だと思います。

そして、私達三年生は、今年の受験に向けて最後の追い込みにかからなければなりませんでした。私はあせるばかりで何をどのように勉強すればいいのか分からなくなりました。だから、先生たちが授業中に「やっておいた方がいい」と言われたことを思い出して勉強していたことが多いと思います。自分一人だと、あせって勉強せずに終わっていたと思います。だからこそ、さくらに来てよかったと本当に思いました。

公立高校の受験がまだ残っているけれど、このさくらで教えてもらったことを無駄にしないように、最後まであきらめずに頑張りたいです。私が三年間、さくらゼミナールに通えたのは、親はもちろん、先生方のおかげだと思います。本当に感謝しなければならないことだと思いました。三年間ありがとうございました。
出水中 T.H君
 僕の三年間はさくらゼミナールに始まり、さくらゼミナールに終わりました。

 先生達の熱い指導は一年生の頃から変わりません。そのおかげで今では成績も向上しつつあります。勉強するときは勉強し、休むときは休む。と同時にきちんとした生活習慣も身につけさせてくれます。

 さくらゼミナール最高。
 さくらゼミナールばんざい。
 三年間熱い指導をありがとうございました。
出水中 M.T君
 僕は一年のときの成績がとても悪くて、学校の授業にもついて行くことができない状態でした。でも二年になってから、さくらゼミナールに入り、ぼくの成績は、一年のときに比べて格段に上がりました。

 このさくらゼミナールに入ったからには、最後まであきらめずに勉強し、必ず自分の行きたい志望校に合格したいです。
出水中 O.Hさん
 私はさくゼミに小五のときから通っているけど、その時はまだ生徒の人数も少なくて私はこの塾でやっていけるのだろうかと思っていた。

 しかし、だんだんと人数も増え楽しくなってきて、先生も勉強を熱心に教えてくれたので今まで塾を続ける事ができたのだと思う。

 さくゼミは他の塾とちがって楽しい塾だと思う。

 だから、これからも楽しく勉強できるさくらゼミナールであってほしいと思う。
出水南中 T.Aさん
 さくらゼミナールには、「創美水」という水がある。私は、三年間で創美水をたくさん飲んだ。塾で私が一番飲んだと思う。

 創美水は、水道水を「元気の水」というタンクに通すとできる。

 三年の夏休み、私は毎日創美水をつくった。創美水をつくっている時間は、一日で一番楽しかった。創美水をつくって飲むために、毎日塾に通った。でも、たまにその仕事を木村先生に取られることもあった。その時は、悔しくて怒りがおさまらなかった。だから私は一日中、自習室にこもって創美水を監視した。そしたら、木村先生は創美水に手を出さなくなった。

 しかし、三学期になると康一先生という強敵が現れた。康一先生は、私が塾に来る前に創美水をつくる。だから、最近私は、創美水をつくっていない。

 康一先生に勝つことが今の私の目標だ。
出水南中 S.Nさん
 私は、二年生の春期講習からさくらゼミナールに入りました。塾に入った当時は、不安な気持ちでいっぱいでした。でも、先生達が優しく教えてくれたり、面白い話をしてくれたりして不安な気持ちがだんだんとなくなっていきました。分からない問題は、分かるようになるまで熱心に教えてくれたりして、とてもいい先生達だと思いました。

 三年生の夏期講習ぐらいになると、先生達が私の名前を「N。」と下の名前で呼んでくれるようになりました。その時は、先生達と本当に仲良くなったみたいで嬉しかったです。この二年間でたくさんの思い出ができました。受験のことでたくさん泣いたけど、受験があったからこそ精神面にも強くなれたし、私の心も大きく成長したと思います。

 二年間という短い間だったけど本当にありがとうございました。本当に先生達には感謝しています。私は、このさくらゼミナールも先生達も大好きです!高校生になっても自分らしく頑張っていこうと思います。

さくらゼミナール最高でした!
出水南中 H.Sさん
 私がさくらゼミナールに入ったのは、二年の夏期講習からでした。最初は、ただ楽しんで塾へ来ていたので、成績もあまり上がりませんでした。私の二年の時の成績は最悪で、ほとんど三ケタの順位をとることが多かったです。でも、それだったら、受験の時に大変になるだろうと思い、塾でも勉強を頑張る決心をしました。それからは、少しずつ真剣に勉強をするようになりました。テストが迫ってくると、あせりを感じながら、夜遅くまで勉強に励みました。すると、三年生になってからの成績が、二年に比べて何十位もあがりました。それをきっかけに、さくらに行くのが楽しくなりました。先生達との仲がとても良い塾なので、分からないところがあっても、気軽に聞きに行くことが出来たので、苦手な単元がちょっとずつ少なくなっていきました。授業の終わりにあるテストや、詳しい解説があったおかげで、学校のテストでも点数がとれるようになったんだと思います。

 最初、塾に入りたてのころは、本当に成績が上がるのかなと心配していたけれど、塾に入って、一年以上たった今、さくらゼミナールは、塾生にとってとても良い塾なんだなということがわかりました。私は、このさくらゼミナールに入塾して本当に良かったと思いました。
出水中 K.Y君
 僕がさくらゼミナールに入ったのは一年生の夏休み前でした。

 塾に通い始めた当時は親に言われて仕方なく通っていましたが、先生方の熱心な指導や塾の友達のおかげですぐに塾に行くのが楽しみになりました。成績も塾に行く前より格段に良くなりました。

 おそらくさくらゼミナールに来なければ僕は今の志望校を受けることさえできなかったと思います。

 僕がさくらゼミナールの先生方から教わったことは勉強だけではありません。時間や約束を守ることの大切さなど、人間として当たり前のことができるようになりました。

 僕はさくらゼミナールでとても成長することができました。今、僕はさくらゼミナールの先生方やそこで出会った友達に感謝の気持ちでいっぱいです。
出水中 K.T君
 さくらゼミナールは、僕にとって中学校生活の思い出の一つです。さくらゼミナールの第一印象は、とても明るくて楽しい雰囲気の塾というものでした。それは、先生と生徒が普通に話していて、先生に話しかけやすい感じがしたからです。さくらゼミナールに入る前に僕は他の塾へ通っていて、その塾がとても堅くて重い雰囲気で、とても先生に話しかける気になれない空気でした。

 ところが、さくらゼミナールはとても先生に話しかけやすく、この塾に入って良かったと思いました。塾に行くのが楽しくなり、学校の成績も少しずつ伸びていきました。

 三年生になると、生徒の皆が受験に向けて勉強しているのが伝わってきて、僕自身のやる気も出てきました。ところが、途中で勉強が嫌になり、塾へ行きたくなくなってきました。家でも勉強しなくなり、成績も下がり始めました。そして、学校のテストの結果は、三十人近くの人に追い抜かれていて、過去最低の順位でした。そこからさくらの先生のおかげで改心し、僕はそのことをバネにして、真剣に勉強を始めました。

 そして、初めての受験となる九州学院を受けました。結果は合格でしたが、本命である東稜へ向けて、気を引き締めました。

 高校へ合格できたことや先生に叱られたこと等も含めて、さくらゼミナールは僕の思い出の中でもひときわ大きく輝く思い出です。
出水中 M.Aさん
 「サイサイサァ〜」

 私とさくらゼミナールを結んでくれたのは例大祭…。それまでは、「塾」という文字は頭にありませんでした。しかし、例大祭で騒いだ後、私は「この塾だっっ!」と直感的に思いました。実際さくらゼミナールに入ってみると、案の定とても楽しく、おもいっきり自分自身を出すことのできる、輝いた場所でした。

 約一年、さくらゼミナールでは将来役立つたくさんの「情報」を取得することが出来たと思います。この「情報」をこれから乗り越えなくてはならない試練にドンドン使っていきます!

 それでは…新しい世界を探険してきます☆☆
出水中 U.Yさん
 ここには、競い合える仲間がいます。親身になって教えてくれる先生もいます。

 最後の公立後期入試を三日後に控えている今、さくらでやったことが私の大きな自信になっています。

 さくらゼミナールに入ろうと思ったきっかけは何気ないことでした。夏休み前に足を痛めてしまい、部活動に行けませんでした。家に居てもゴロゴロしてしまうだけ…。そんな時に出会ったのが、さくらゼミナールの夏期講習でした。その後、たくさんの塾を体験したのですが、最終的にはさくらに戻ってきました。私には、さくらがピッタリでした。きついこともあったけれど、さくらで頑張ったみんなのサクラは咲くと思います。
出水南中 U.N君
 「来て良かった。」

今、僕がさくらゼミナールに対して思っていることはそれです。

 僕は二年の冬期講習の時にさくらゼミナールへ入塾しました。それまで何回か塾が変わって、塾というものに対して良いようには思えませんでした。だが、さくらゼミナールの先生は最初から温かく楽しく教えてくれました。それから塾が楽しくなったのを覚えています。

 一番きつかった時期は三年の夏期講習です。午前中に授業があり、それからは夜まで自習をしていました。毎日続けるのは無理だと思っていましたが、支えになってくれたのはさくらゼミナールの先生達や友達です。それで忍耐力がついたと思います。

 一月には、私立奨学生に合格して、気が抜けてしまい、後期試験一週間前には、「塾をやめたい」と言いました。だが、先生の話を聞いたり友達の声で続けることができ最後まで頑張ると決めました。

 さくらゼミナールは一年ちょっとしかお世話になってないけど勉強以外にも大切なことをたくさん教えてもらいました。さくらゼミナールの先生達にはとても感謝しています。先生達に恩返しとして、公立合格します。
出水南中 H.Nさん
私は、中二の夏にさくらゼミナールに入りました。さくらゼミナールには個性的な先生が多いなぁ・・・と思いました。

そして私は今中三で、卒業間近。本当にさくらゼミナールに入って良かったと思います。

私達が卒業した後も、生徒が沢山入り、胸を張って、「私はさくらゼミナールの元塾生なんだよ。」と塾に顔をだすことができれば良いなと思いました。
出水中 F.Sさん
 私は三年の春期講習からさくらゼミナールに入った。塾に入るのは初めてだったのでとても緊張した。でも、同じ中学校の友達、違う中学校の友達、優しくておもしろい先生達がいたからすぐになじむことができた。これもさくらゼミナールの雰囲気が良かったからだと思う。私はさくらゼミナールで勉強することができて本当に良かったと思う。
出水中 N.Yさん
 私が初めてさくらゼミナールを訪れたのは小六の時です。最初私は集団で授業をするのが苦手だったため、個別の塾にしようと思っていたのですが、兄のすすめもあり入塾しました。最初は嫌だった集団での授業も、時が経つにつれて慣れてきて、毎日が楽しくなりました。他の塾とは違い、先生達とも話しやすくそんな塾と先生が大好きでした。

 この四年間、叱られたり、ほめられたりなどいろんなことがあったけど、優しく、時には厳しい先生がいる塾で本当によかったです。さくらゼミナールの生徒だったことは、私の誇りです。
出水中 I.Yさん
 私にとって、さくらゼミナールは勉強よりも、もっと大切なものを教えてくれた気がします。例えば、精神力が少しは強くなったと思います。どんなに難しい問題でも、少しずつ考えれば解けることが分かり、解けた時の嬉しさは、絶対忘れません。

 さらに、さくらゼミナールは先生と生徒の距離が近くて質問しやすく、生徒のことを一番に考えてくれる、おもしろい先生ばかりで、とても素晴らしい塾だと思います。

 私は、小学校の時から通っているのに勉強の大切さに気付くのが遅くて、今、とても後悔しています。でも、これから頑張ります。先生、今までありがとうございました。さくゼミは一番良い塾です!
出水南中 S.Mさん
 さくらゼミナールに入ったのは中三の夏期講習の時です。その頃は、勉強は好きではなく大事に思っていませんでした。分からないところをそのままにして、先の事を考えていませんでした。

 でも、最近は中二から真面目に勉強しとけば良かったと思います。入塾して、先生に質問するようになって分からないところをほっとかないようになりました。先生の一人一人がおもしろくて、とても分かりやすく話してくれます。中三の受験の時期になって、やっと勉強が大事に思えてきました。

 短い間だったけど、さくらに通って勉強が好きになれて良かったです。
出水南中 F.Mさん
 私は、中二の春このさくらゼミナールに初めて来た日から数日がたったある日、分からない問題があって悩んでいました。先生達は「F、ドコがわからんとや〜。」と声をかけてくれて、私が理解出来るまで、外がまっ暗になっても一生懸命教えてくれた時、私は勉強を理解する楽しさを学びました。

 この二年間で先生達がどれほど生徒一人一人の事を考えているか、身をもって知る事も出来ました。さくらゼミナールに来て本当によかったと思える日が来たこの春に、「合格」というさくらを一輪咲かせる事が出来たらいいなと思います。
出水中 S.T君
 僕は、九州学院の専願まで、あまり勉強をしませんでした。案の定、受験に失敗してしまいました。親しい友達が受かり、後で聞くと家で勉強していたと言っていました。とても悔しかったです。勉強しなかった自分に嫌気がさしました。塾で落ち込んでいると吉田先生がホットコーヒーを買ってきてくれました。いつも飲むコーヒーと違ってとてもおいしく、そして優しさを感じました。他の先生も「次があるからがんばれ。」と声をかけてくれて、こんなに支えてくれているのにそれに応えられなかった自分が悔しかったです。そして「次こそがんばろう!」という気になりました。そして今、僕は次の目標、「公立高校合格」に向けて、今度こそ本気で頑張っています。

 僕はさくゼミに感謝しています。「一度失敗しても何度でも挑戦すればいい!」そんな大事なことを学びました。
出水中 M.M君
 僕は、中学校一年生のころに入塾しました。さくらの先生は、とても話しやすい先生ばかりで、質問などもとてもしやすい雰囲気の塾なので入塾した当時から安心して勉強できました。

一・二年生のころはただ塾に行っているだけだったので、成績はほぼ一定でしたが、三年生になって自分が目標高校のレベルまでいっていないのに気付きました。やる気になったのは三年生の三学期くらいからで、もう無理かと思いましたが、塾の先生は「やる気があれば協力してやる。」と言ってくれました。

このように、やる気さえあれば協力してくれるような塾だったのが一番よかったと思いました。だからこそ、せっかく協力してもらえたので、自分の力を精一杯出し切って、志望校に合格したいです。
出水南中 N.K君
 私は、色々な塾を試してみたが、さくらゼミナールが一番自分に合っていたと思う。他の塾は、先生などに質問しにくいけれども、さくらゼミナールは、気軽に質問でき、とても分かりやすく教えていただくことができ、楽しく授業が受けられたと私は思う。今まで、頑張ってきた勉強を受験で全力を出しきり、さくらを咲かせたい。

 さくらゼミナールは、ただ単に学ぶ塾ではなく、色々なことを学べる「学校」だ。
出水中 H.Yさん
 私は一年生のころ、どこの塾に行こうか迷っていた。そんなとき、Kさんとさくらゼミナールの体験入学に行くことになった。このとき、体験に行って、本当によかったと思う。行ってなかったら、今の自分は居ないと思うし、自分の本当に行きたかった「済々黌」に行くこともできなかっただろう。

 私のさくらの第一印象は、「先生と生徒が仲良い」ということだった。質問もしやすいし、おもしろい話をいっぱいしてくれるし、さくらに行くのが楽しくて楽しくて仕方がなかった。ムリに勉強しなきゃいけないというのがなくて、楽しく勉強するということを学んだ。

 しかし、大事な大事な三年生の夏休み頃から、さくらに行くのが少し嫌になった。その理由は、私が反抗期になり、先生とうまくコミュニケーションがとれなくなったからだ。その時の私は授業中も一人で大声を出して話すような自己中心的な性格だった。周りの迷惑すら考えることができなかった。自分のことしか考えてなかった。今自分で思うと、本当に迷惑な存在だったと思う。先生も私にはうんざりだったに違いない。それも当然だと思う。本当に自分が恥ずかしい。私は、うすうす、(先生たちは自分のこと嫌いなんだろうな)と思っていた。だから、あまり質問もしなくなった。田尻先生は、「周りの生徒に与える影響を考えて、本気でやめさせようか」と考えたこともあったそうだ。後になってそれを聞いたときは本当にてショックだったけど、自業自得だと思った。

 夏休みは、途中まで部活の九州大会出場ということで、少し大変だった。昼はずっと部活、夜は三時、四時頃まで勉強した。こんなハードなことよくしたなと思う。九州大会ではすごく貴重な経験ができてよかった。九州大会が終わると、勉強一色!今まで遅れた分を取り戻そうと必死で勉強した。睡眠時間が三時間ということも少なくは感じなかった。きつかったけど、このときは不安だったし、負けたくなかった。さくら生の仲間には、よく世話になったと思う。不安なときは励ましあったり、集中できないときは済々黌まで一緒に走ったりした。気持ちがすっきりしてよかった。

 そうこうしているうちに自然と自分の反抗期が終わり、先生たちもいつの間にか普通に接してくれるようになり、質問もたくさんできるようになっていった。それからもっとさくらが好きになった。

 前の私は、すごく人間としてダメだった。たくさんの人にいっぱい迷惑をかけた。本当にごめんなさい。夏休みで少しは変われたと思う。自分だけの思い込みかもしれないけど、他の人に迷惑をかけることは減ったと思っている。

 勉強の方はというと、夏休みに頑張った成果が出たのか、第一回共通テストでは、今までで一番いい順位がとれた。県模試でも、このときが一番よかったと思う。

 …が。秋ごろからじわじわと成績が下がりだした。志望校を変えようと何回も思った。済々黌じゃない別の高校のいいところをムリヤリ探しては「ここの高校もいいじゃん!」とわざと思い込もうとしたこともある。でも、やっぱり済々黌に行きたかった。小学校のころからずっと憧れた、あのグレーの制服が着たかった。そんなこんなで、最終希望調査には、「済々黌」と書いた。前期は受けないどこうかなと思ったが、先生たちも「受かるかもしれんし、宝くじと思って絶対受けた方がいいバイ」と言ってくれたので、受けることにした。親も、「Yが行きたいところにしなさい。」と応援してくれた。

 前期試験当日、テストがはじまり、問題を解きはじめる。数学…わけが分からず、勘で書いていた。英語と理科はなんとなく分かった気がした。入試が終わって、家に帰るとすぐに後期に向けて気持ちを切り換えた。でも、それから数日は思うように結果を出すことができなかった。とても不安だった。そんな中、前期の発表があった。2月9日。私はクラスでも出席番号が後ろの方だったから、発表が遅かった。「済々黌合格二人だって。」友達が話しているのを聞いた。「二人かぁ。すごいな。」と思っているとき、私の番になった。

 「むずかしかったね?」

 「はい。わけ分からなかったです。」

 「そうか。Hさんは……。合格です!」

 頭が真っ白になった。「たくさんの人に支えられたことを忘れちゃいかんぞ。」と担任の先生に言われたのを覚えている。

 「先生たちに報告しなきゃ!」しかし、私は家に帰った。やっぱり、陰から一番応援してくれたのは親だと思ったからだ。母に報告すると、泣いて喜んでくれた。父は仕事だったので電話をすると、言葉が出ないくらいびっくりしていた。「早く塾に行きたい!」というと、母も一緒に来てくれた。でも、塾は開く前で、先生全員は居なかった。ちょっとがっかりしたけど、メールをした。先生たちは、「おめでとう!よく頑張ったね!ところで、今日の授業来るど?待ってるね。」と言ってくれた。すごく嬉しかった。正直言うと、前期で合格したらもう塾に行けなくなるんじゃないかと思って、さみしかったからだ。

 本当にさくらでよかった。「早く帰ってくださ〜い」が口ぐせの先生や、いつまでも少年のような先生、実年齢が分からない先生や、いつも冷静で何でもできる先生、中学のころは英語が苦手だったのになぜか英語を教える先生や、癒し系だけど熱血指導してくれる先生。本当におもしろくて大好きな先生ばかりだ。でも、毎日楽しく塾に行くことができ、あきらめずに勉強できたのも、さくらの先生が居たからだと思う。

 小さな塾だけど、大きなものを私は得たと思う。勉強だけじゃなく、人間としても大きく成長できたと思うからだ。今までやってこれたのも、たくさんの人が支えてくれたからだから、感謝の気持ちを忘れないようにしたい。

 たくさん迷惑かけて、すみませんでした。でも、さくらと会えてよかったです!ありがとうございました。